活動報告 2025.11–2025.12
1/13 全国ガンカモ類の生息調査 滝湖・只見湖 参加6名
1/18 新年会 駅前旅館 只見荘 参加19名
2/10 「学ぶ会通信」vol.20発送 参加5名
3/22 太田祥作さん講演会 民宿ふる里 参加17名
5/10 春の植物と野鳥観察会 参加10名・終了後、定例会(叶津番所)、昼食会(ひよっこ)
6/28 集落めぐり③―塩ノ岐 参加15名
6/28 第25回定例総会、懇親会 只見スキー場・レストランやまびこ 参加11名
8/23 暑気払いバーベキュー 奥会津ただみの森キャンプ場 参加25名
11/9 集落めぐり④―福井 参加6名
11/11 『学ぶ会通信 合本』発送 参加5名
〈花暦調査2025年 季の郷湯ら里周辺〉
5/15 参加6名
6/9 参加4名
7/5 参加11名
8/9 参加13名
9/9 参加6名
10/4 参加7名
11/4 参加3名
計7回のべ50名
*花暦調査の報告は「発行物 学ぶ会通信」から学ぶ会通信 Vol.21(PDF)を開いてご覧ください。
〈発行物〉
学ぶ会通信vol.20 A4判16ページ 2024年2月10日発行
学ぶ会通信 合本 vol.1 2007.9.25―vol.20 2025.2.10 A4判 本文258ページ 2024年10月31日発行
2025年1月13日
全国ガンカモハクチョウ類一斉調査
9:30 〜12:00 参加6名
第56回全国ガンカモ類の生息調査、主催は環境省。この調査に参加して40年ほどになります。
今回は、常連6人からなる調査チーム。時折、日が差し込むことはありましたが、雪の降るなか、無事終えることができました。滝湖で見慣れないカモ1羽を発見。ミコアイサの雌。雄は白と黒のパンダ模様で人気がある。オラとしてははじめて確認。
カウント結果を報告します。
【滝 湖】
コハクチョウ 6、ハクチョウsp.(種不明)30、マガモ 5、カルガモ 3、コガモ 12、ホシハジロ 279、キンクロハジロ 228、ホオジロガモ 2、カワアイサ 9、ミコアイサ 1、オオバン 12 計11種 587羽
【只見湖】
マガモ 34、カルガモ 32、コガモ 141、オカヨシガモ 5、ヒドリガモ 4、ホシハジロ 159、キンクロハジロ 13、ホオジロガモ 4、カワアイサ 3、カンムリカイツブリ 2、カワウ 5、オオバン 69 計12種 471羽
総計14種 1058羽
滝湖・只見湖ともに降雪のため遠方の展望がきかないので、カウントできた個体数は少ない。只見湖は、オジロワシによってカモが攪乱されたため正確な数は掴みきれなかった。(新国勇)
写真は、ミコアイサ♀と滝湖で観察のようす
この日のメインは、なんといってもオジロワシ!
只見湖でカモを数えていたら、数十羽のカモが上流から飛んできた。
「ワシでも出ましたかね?」と、菜緒子アネ。
「まさかね」と、オラ。
そしたら、もっとたくさんのカモが飛び立つ。上流に双眼鏡を向けると、湖の上を低空で飛行する大きな鳥影を発見。尾が白い。 「オジロワシだ!」
湖畔の杉林に姿を消したので、ここからは持久戦。みんなで探したあげく見つからないので、帰ろうとしたら、菜緒子アネがまた一言。「いた!」
なんと、杉林の中ほどに止まっていた。しかし、目を離すと、どこにいるのかもう分からない。まことに見つけにくい場所に止まっている。よくぞこの迷彩的な景色に溶け込むオジロワシを見つけたもんだ。「グッジョ!」(グッドジョブ!)と、勝久あんにゃが称えた。
そういうわけで、やっとさ撮った写真がコレ。
この後、飛び立って只見町中心部の上空を旋回しはじめた。湖上のカモたちやオオバン、カワウは、一斉に飛び立ち、いなくなってしまった。オジロワシの威力、恐るべし。
2025年3月22日
太田祥作さん講演会
表題の講演会を会員17名の参加で、民宿「ふる里」にて行いました。
濃密な内容に一同時間を忘れて聞き入りました。只見の隅々まで歩き回り見て回って得た菌界、動物界、植物界にわたる5年間の成果を惜しむことなくお話しいただきました。新発見の数々、当会へのサジェスチョンなど感謝に堪えません。(大宮明)
2025年5月10日 参加10名
春の植物と野鳥観察会
9時に蒲生岳駐車場に集合。昨晩からの雨は上がり、しっとりと濡れた新緑が鮮やかでした。見上げる蒲生岳は麓のブナの緑、山肌のカエデが様々な色を呈し、奥を見れば谷筋に白い残雪。やっぱり只見の春は最高。
まずは初参加の味村さんに自己紹介。双眼鏡の使い方を復習して出発です。さわやかトイレの入口にはツバメが巣をつくっていました。“土食って虫食ってシブーイ”という聞きなしのとおり、土を口で運んでつくった巣です。
カタクリ公園までの道のりではホオジロを望遠鏡で観察でき、よく見えると感激。蒲生岳駅舎では吉田留美さんが壁画を製作中でした。カタクリ公園の花を観察しながらサシバ、ヤブサメなどの声を聞きました。公園から水路沿いに麓を回り、雪崩の雪で塞がっていたのでUターンして戻りました。いくつかの鳥の声を聞くことができましたが残念ながら姿はほとんど見れませんでした。緑内障に白内障、中高年にはなかなか厳しい現実です。(遠藤菜緒子)
〈確認種21種〉
カワウ、アオサギ、カルガモ、サシバ、キジバト、モズ、カケス、シジュウカラ、ホオジロ、ウグイス、ヤブサメ、センダイムシクイ、コゲラ、ヒヨドリ、ムクドリ、オオルリ、ハクセキレイ、チドリsp.、スズメ、カワラヒワ、ツバメ
写真上から、只見線会津蒲生駅舎の壁画を前に、水路沿いの歩道はまだ雪渓が多く残る
2025年6月28日 参加11名
学ぶ会の総会と懇親会を開催
午後6時から学ぶ会の総会を只見スキー場ロッジのレストランやまびこで開催しました。2024年度の報告と決算、2025年度計画と予算が了承されました。今年度の活動計画の目玉は、学ぶ会通信合本の発行です。
総会後の懇親会は飲み放題。あれこれ料理を注文しながら、にぎやかなひとときをすごしました。
午後9時にお開きしてからの帰り道、ホタルと星空の探勝会となりました。アマガエル、ツチガエル、フクロウ、ヨタカの鳴き声をききながら、ゲンジボタルの舞を鑑賞。空を見上げれば、夏の大三角形、さそり座を堪能して解散。以上、フルコースの一夜でした。(新国勇)
2025年8月23日 16時〜
暑気払いバーベキュー
奥会津ただみの森キャンプ場で暑気払いバーベキューを行いました。参加者25名(子供4名含)と多数ご参加いただきました。
この日も暑い一日で、暑気払いには最高の日暮れ。火起こしはお昼のグループの炭火がいい感じで残っており、順調でした。今年も美味しい生ビールを飲みながら、持ち寄りサラダバーを食べながらの楽しい準備時間となりました。乾杯と肉焼きが始まる頃にはほろ酔いに。焼肉奉行を男性数人が担当してくれ、絶品焼肉を心ゆくまで堪能しました。
この日の最後は目黒俊行さんの熱唱を皮切りに味村夫人がオペラの歌曲を披露して下さいました。『トゥランドット』より「誰も寝てはならぬ」という曲で、圧倒的な声量と美しい歌声に魅了されました。
参加された皆さま、多方面でのご協力ありがとうございました。参加できなかった皆さまは来年ぜひご参加ください。(向坂麻希)
2025年6月28日 参加15名
集落めぐり③―塩ノ岐
総会の行われた6月28日の午前中に3回目となる集落めぐりを塩ノ岐で行いました。参加されたのは、新しく入会された味村さんご夫妻のお子さん2人を含めて15名です。
塩ノ岐八乙女堂に9時に集合しました。車の回収のため2台を二荒山神社の駐車場に置き、一番奥の集落、間丸貝へ車で移動しました。計画は、間丸貝から八乙女まで、塩ノ岐川の流れに沿う3㎞強の道を歩きながら、あれこれ観察しようというものです。天気は晴れ、朝のうちはまだ過ごしやいすいものの次第に暑くなりそうです。
間丸貝でただ1軒お住まいのお宅へ、集落内へ車を置かせてもらいたいとお願いすると、メンバーには数人の顔見知りがいて奥さんとしばしおしゃべりが始まります。塩ノ岐川対岸の斜面にはまだ大きな雪渓が残り、聞くと雪崩の跡だといいます。
最初は大山祇神社を見学。きれいに草刈りされた階段を登り2間四方ほどの質素な神社に。木製の引き戸を開けるときれいに整えられた室内に祭壇があります。写真左右の出っ張りはおそらく木鼻です。「ゾウ」と言ったら遠藤さんに「獏」と訂正されました。お寺には象がいても、神社は獏らしい。杉に囲まれた神社に1本だけ只見町には珍しく大きなイチョウの木が立っています。
水路沿いの小道を空き家になっている裏をまわって糸沢橋を渡り、つぎの集落へ向かいます。田んぼ脇の川の流れに沿う道から県道に出て、天沼へ。ここは趣のある古民家が数軒あります。よく見ると2階のベランダの支えが根曲りの木を使っているようです。となりの家にもありましたが、ほかでは見たことがない、なかなかしゃれた造りです。おそらく同じ大工さんの仕事でしょう。
県道から小さな橋を渡り川に沿った農道を芦沢へ進みます。集落裏手へ小道を進むと四角い小さなお堂があります。戸を開けてみると若宮八幡神社とありました。
[イサムさんのメールからの引用]
芦沢集落にある若宮八幡神社。なかには長い髪の毛が下がっている。オラが子めらのころは、神社やお堂のなかに髪の毛がよく捧げられていたもんだ。これは願掛けをして願いが成就したお礼に自分のたいせつな髪の毛を切って奉納するもの。むかしはどこさでもあっけが、いまも残っているのはめずらしい。
次の集落は柳原。塩ノ岐公民館に並んで富士神社がある。実はここはあまり興味をひかれていなかったのだけれど、引き戸を開けてみたらびっくり。富士神社と不動明王の祭壇が並び天井には絵が描かれている。東北ではほかに見ない富士信仰の地だそうです。イサムさんから説明を聞き、一同「ふーん」と納得しました。
ここで週末に帰省したと思われる若者グループから林道脇にシカ(カモシカ?)の死骸があると聞いて、イサムさんほか数名がずんずん林道の奥へ行き、そのまま塩ノ岐川対岸を県道を行く人と別れて進みます。
八乙女の集落に入りすぐに右に折れ二荒山神社へ向かいます。ここで全員が揃いました。二荒山神社は鳥居の建て替え工事中で、なかにその資材が入っていました。11時を過ぎかなり暑くなってきました。八乙女は見どころがたくさんですが、みなさんだいぶ暑さでお疲れのもようです。
妙雲寺と八乙女堂を重い足取りで見てまわります。御蔵入三十三観音第二番札所八乙女観音堂の内部をはじめて見ました。
ちょうどお昼になりました。ここから車の回収に間丸貝へ向かい、今日の集落めぐりはおわりです。10名ほどは小林の五十夢で昼食をとり、解散となりました。
塩ノ岐もまた、かなり過疎・高齢化が進んでいると思われますが、各集落とも草刈り等きれいにされていました。しかし我が集落・黒沢を鑑みても、それぞれの集落が小さく、維持していくことには大きな苦労があるだろうと思われました。(熊倉彰)
写真上から、スタート地点の間丸貝。手前の方はここの住人/ 大山祇神社の祭壇/ 天沼の古民家/ 富士神社の祭壇。並んで右に不動明王の祭壇がある/ 最後に訪れた八乙女観音堂
富士神社と富士信仰
柳原集落にある富士神社。内部は富士神社の祭壇と不動様の祭壇が並んでいる。はじめは富士神社だけ祀っていたが、対岸にあった不動堂が大水による土砂崩れで壊れたため移したという。ちなみに、みごとな格子天井の絵も不動堂からもってきたものという。
この神社は、なんと富士山をもっている。雑木でおおわれているが、岩で盛り上げられた富士山が裏にある。これはかつて富士信仰があった証。富士山を真似た小山をつくり、それを登れば富士参拝を果たしたこととする山岳信仰。関東各地には多くあるが、東北地方では確認されていないらしい。とすれば、これは富士信仰の北限地!? もしかしたら東北で唯一かもしれない。
塩ノ岐の人たちは、これを富士山とよび、子どものころは登るのを禁止されていたという。また、女性も登れなかったという。しかし、富士信仰は廃れてしまい、その意味を知る人はいない。そこで、これはなんとしても町の史跡に指定して広く知ってもらい保存しなければならないと考えている。(新国勇)
〈写真〉富士神社の富士山をバックに記念写真。 ホオノキやアカイタヤが茂り、雑草も繁茂しているが、刈り払えば、富士山の山容がでてくると思う。
2025年11月9日 参加6名
集落めぐり④―福井
4回目となる集落めぐりは福井です。朝日公民館に6人が集合しました。雨が心配されるもののそれほど寒くはない日和です。あらかじめ御霊神社前に車を回してきました。
公民館横から伊南川の土手に出ます。大畑沢がおおよそ黒谷と福井の境をなしていますが、化坂と呼ばれる坂の下手、清水田表は福井になります。土手道はたくさんのクマの糞が転がっていて、ほかに食うものがないのか、どれも空き地に積んである籾殻を食べたと思われる糞です。
国道に出た角に地蔵堂があります。がらんとした板張りの奥に奉納と書かれた数枚の垂れ布(御戸帳と言うらしい)の奥に高さ30㎝ばかりの小さな地蔵様が置かれています。堂の正面の戸はいつも開け放たれているのにきれいに保たれているのは、近くの方がまめに掃除をしているからでしょう。
国道を少し進むと真新しい六地蔵があります。建て替えられた堂の中に石碑とともに並んでいます。戻って集落の中に入ります。このあたりは古い道形が残っていて、込み入った迷いやすい道です。少し迷って山際の若宮八幡神社に着きました。神社正面の彫刻と境内にストーンサークルのように置かれた石祠が印象的です。
この先は集落から離れ、山際ののどかな農道を進みます。農道から少し分け入ると溜池が現れます。着くなり数百のカモが群れをなし飛び立ちました。勇さん、遠藤さんによるとマガモ、カルガモ、コガモ、オシドリがいるようです。池は100m四方といったところですが、水面の半分ほどはジュンサイに覆われています。人工池ながら周囲の林と渾然一体となり自然度が高く感じられます。

農道からゆるやかに登る参道に入るともう顔も判然としない六地蔵があり、その先に興厳寺があります。勇さんが「雪国仕様」と言う通り、立方体の飾りのない建物です。すでに冬支度を終え、正面も板で覆われています。隣接する墓地の古い墓石に可愛らしい石仏が彫られています。
車を置いておいた御霊神社前にきました。しめ縄のかかった鳥居と質素な本殿が見えます。小広い境内にはスギ、トチノキ、ケヤキの大きな木が並んでいます。「昔はもっとたくさんの大木があった」とは勇さんの弁。
ここからは車に乗り大和久へ。家々の裏にある稲荷神社は集落共同のものといいます。見かけた大和久の方に聞いた話です。そして大山祇神社の場所も伺いました。国道に出て楢戸との境、川側に小さな社がありました。最近土台を新しくしたそうです。
これでだいたい今日の集落めぐりは終わりです。なんとか降られずにすみました。途中、国道脇の二十三夜塔を見て朝日公民館に戻りました。
あらかじめ新編会津風土記を見てきましたが、村のかたちはほぼ変わっていないようです。勇さんが三島神社のありかを気にしていましたが、風土記を読み返してみると「相殿一座」(主祭神に加えて他の神を合祀すること)とあるので、若宮八幡神社に合祀されているようです。
只見としては広々とした農地と空を眺め、山際の農道を歩いてきました。かつて荒井村が上荒井村、下荒井村(現上福井、下福井)二村に分かれたのは、広い耕地を持ち豊かな村だったせいだろうと思い至りました。(熊倉彰)
写真上から、戸帳をめくって現れた小さな地蔵様/ 若宮八幡神社と境内の石碑/ カモ類の住処になっている溜池/ 苔むして顔も判然としない興厳寺参道の六地蔵/ 興厳寺の墓地で見つけた石仏
