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vol.01 北限の自生地を行く―ユビソヤナギ後日談 
vol.02 ヤマグルマ 
vol.03 産業・文化遺産として見直そう,あがりこ 日本における台伐り萌芽の系譜
vol.04 讀賣新聞福島版「提言」/奥会津の水辺林保護
vol.05 希少樹種ハナノキの保全
vol.06 芝倉山前平におけるコナラのあがりこ

 

出典:「森林技術」(日本森林技術協会)No.803 2009.2 「論壇」p2-6

鈴木和次郎氏産業・文化遺産として見直そう,あがりこ
日本における台伐り萌芽の系譜
―その背景と生態,そして保護―

鈴木和次郎 すずきわじろう

(独)森林総合研究所主任研究員。専門は造林学,森林生態学。人工林地帯における「集水域管理」を目指す技術開発に携わる傍ら,山地河畔林の長期生態学的研究,希少樹種の生態と保全技術の開発,水辺林も含めた自然林再生プロジェクトにも参加。「まだ林学をやっている!」森林施業研究会のメンバーの一人。

●失われた風景

写真1 映画「フランドル」(ブリュノ・デュモン監督,2006年)は,フランスのフランドル地方の田舎の素朴な若者たちが,徴兵によりアフリカの植民地に派兵,悲惨な戦争を経験し,祖国に戻る話だ。この映画の中で,フランドル地方の風景の中にたびたび登場するのが,太い幹とそこから伸びる多数の枝からなる奇怪な形をした樹木で,その地域の風土を象徴しつつ,この映画の社会的背景を重く不気味に示している。この奇怪な形をした樹木は「ポラード(Pollard)=台伐り萌芽(その更新法は頭木更新あるいは台株更新と言う)」と呼ばれる伝統的な樹木の利用形態の中から生まれた樹形で,広くヨーロッパ地域に見られる(写真1)。森林あるいは樹木の更新様式として,萌芽更新は温帯地域に広く見られるが,家畜(山羊,羊など)の放牧が盛んなヨーロッパ地域では,新しく発生した萌芽枝が,これら家畜に食べられてしまう。そこで,伐採位置を高くすることで,こうした採食圧を回避しようとして生まれたものとされる。樹種としては,ポプラやクリなどがあるが,台伐り位置から萌芽枝(枝条)は絶えず切り取られ(Shredding),家畜の餌や炊きつけ燃料,あるいは日曜雑貨の材料に使われてきたようだ(Rauckm,1998)。では,家畜の放牧がさして盛んではない日本では,このようなポラードは見られないのだろうか? 実は,日本においてもポラード型の樹形が様々な地域,樹木,利用形態の中で存在している。この日本型ポラードの生態,民俗学的背景を考察してみた。

写真1 イングランドのオークのポラード(奥敬一氏提供)

写真2●雪上伐採で生まれたブナのあがりこ

 日本型ポラードで最もよく知られているのは,ブナの「あがりこ」である。ブナのあがりこは,日本海側多雪地帯に広く分布し,その名のとおり地上2〜3mの位置から多数の幹が分岐して生育する(写真2)。こうした樹形が形成された背景として,積雪期における薪炭目的の伐採利用が挙げられる。すなわち,多雪地帯において積雪期に伐採することにより,必然的に伐採位置が2〜3mと高くなり,その伐採位置からの萌芽を薪炭材用のサイズまで育て,持続的に利用しようとする萌芽更新法である。この更新法には,雪上で材を搬出することの利便性や伐採に伴う株の腐朽を抑制する効果も見られる。この更新法の注意点としては,萌芽幹の一部を残すことで,株の生存を維持するとともに,萌芽力を維持するために,伐採時の幹サイズを小さく抑えておくことがある(中静,1998)。こうした「あがりこ」仕立ての台伐り萌芽法は,ブナだけに見られるものではない。薪炭材として利用されてきたミズナラについても,多雪地帯では,ブナと同じように,あがりこ型樹形が見られる(写真3)

写真3上:写真2 ブナのあがりこ(岩手県安比高原)
右:写真3 あがりこ型樹形のミズナラ(鳥取県大山山麓)

●防災上生まれた? 斜面崩壊を防ぐ? あがりこ型ケヤキ

 広葉樹のあがりこ型樹形は,こうした多雪地帯にだけ見られるわけではない。福島県郡山市の磐梯熱海温泉の裏山の急傾斜地には,根元直径が1mを超える多数のあがりこ型樹形のケヤキが見られる(写真4)。樹高2〜3m位置で台伐りされその上に多数の幹を持っているが,当地は太平洋側の気候帯に属し,最大積雪深も50cmに満たないところから,雪上伐採の結果とは考えにくい。
写真4  では,どうして,このような樹形が形成されたのだろうか? ケヤキは礫質(れきしつ)の急傾斜地によく生育し,かつ,極めて萌芽性が高い。伐採で誘発される土砂災害を回避する手段として,幹の基部を残し,併せて萌芽再生する幹を薪炭材として利用した結果ではないだろうか。そのことは,炭焼き窯の存在からも窺(うかが)うことができる。しかし,台伐りは1回だけしか行われておらず,継続的な施業ではなかったようだ。また,周辺には多くのケヤキ林が存在するが,同じような樹形は見当たらず,この場所特有の一時的な伐採利用だった可能性もある。ちなみに,年輪解析から,台伐りは100年以上前に行われたと推察された。

写真4 あがりこ型樹形のケヤキ(福島県郡山市磐梯熱海温泉)

写真6写真5●天蚕が生み出すあがりこ型樹形

 かつて,養蚕は日本各地で広く行われていた。その飼料としてクワが栽培されてきたが,近代化とともに衰退し,栽培されてきたクワの木も放置されるに至った。養蚕では,幹からの萌芽枝につく若葉を餌として利用するため,桑は何度も刈り取られ,ポラード型の樹形を持つ場合が多い(写真5)。家蚕だけではなく,天蚕の飼養でも,同じようにポラードが形成される。天蚕の飼養では,幼虫を直接野外の樹木の葉に放ち,そこで繭玉を生産するが,若い葉を大量に生産し利用する必要から,幹を台伐りする。これは同時に,養蚕の作業を容易にするということもあったのだろう。現在,山梨県北杜市に残るクヌギの台伐り萌芽は,養蚕の際に蚕室を作る小枝生産を目的として形成されたものであるが,原型としては天蚕生産であると考えられる(写真6)。このあがりこ型クヌギは,現在,オオムラサキの生息場所として重要とのことで,その保全が図られようとしている。

上左:写真5 放置された養蚕用の桑の木(栃木県日光市栗山地区)
上右:写真6 あがりこ型樹形のクヌギ(山梨県旧須玉町)

写真7●小丸太生産を目的とする台スギ施業

 台伐り萌芽によるあがりこ型樹形は,広葉樹に限ったことではない。岐阜県の最奥地関市板取地区には,「株スギ」と呼ばれる2〜5mの位置で多数の幹分れが見られる樹齢400〜500年と言われるあがりこ型樹形のスギがある(写真7;川尻,1997)。こうした株スギ状の形態を示すスギは,秋田〜島根までの多雪地帯に点在するという。この地域も多雪地帯で,雪上伐採後の萌芽更新により,多幹の発生を促し,それを小丸太として伐採利用した結果形成されたと考えられる。後に述べる台スギの原型と言うべきものであろう。現在は,萌芽幹の伐採利用は行われておらず,保護林として,その姿をとどめている。

写真7 株スギ(岐阜県関市板取地区)

写真8●上昇する台伐り萌芽

 針葉樹の萌芽は,スギばかりではなくサワラにも見られる。長野県安曇野市の西側に立つ有明山(2268m)の登山道沿いに奇怪な樹形(あがりこ型樹形)のサワラの巨木林があることは知られていた。しかし,スギと異なりサワラの萌芽力は低く,他の萌芽力の高い樹種の台伐り萌芽とは,その形成過程を大いに異にしている。まず,あがりこ型サワラの特徴として,その台伐り位置が固定せず,最初は2〜3mの高さで始まるが,徐々に上昇していることである(写真8)。このことは何を意味するかというと,まさにサワラの萌芽力の低さで,サワラの場合,幹を伐採しても,その場所からの萌芽が全く期待できない。したがって,幹の再生を期待するのであれば,側枝を主軸(主幹)として立ち上げるしかない。主幹を伐採し,その下に存在する複数の側枝を育成させることで,萌芽幹を持続的に利用しようとするシステムと考えられる。しかし,萌芽力が低いため,次回はさらに側枝が発生する上部で伐採しなければならず,結果として台伐り位置が次第に上に登っていくことになる。それがサワラのあがりこ型樹形の特徴である。当地で見られる最も高い位置での台伐りは実に8mもの高さで行われていた。あがりこ型樹形のサワラ林は,有明山山麓にのみ存在すると見られていたが,最近,山梨県山梨市の小烏山中腹のサワラ学術保護林に存在することが判った。しかし,いずれの場合も,その利用に関する伝承はなく,萌芽幹の利用目的や施業については不明な点が多い。

写真8 上昇するあがりこ型樹形のサワラ(長野県安曇野市)

●あがりこ型樹形の形成とその生態

 これまで,日本に存在するポラード型樹形(あがりこ型樹形)について紹介してきたが,いずれの場合も,現在はその利用はなされておらず,過去の利用様式を「あがりこ」樹形としてとどめているにすぎない。また,その目的や管理様式などについては,ある程度想像はできるものの,詳しくは解明されているわけではない。これらを解明する手段として,林分調査,文献調査,聞き取り調査などがあるが,一部を除き,これらの「あがりこ」に関する文献や地元伝承は見当たらない。私たちが調査を実施したケヤキやサワラの林分では,最後の伐採利用が100年以上も前に遡(さかのぼ)ることもあり,確かに文献や伝承には限界があると思われた。したがって,当面は現地での林分調査が最も有力な手段となる。
 一方,現地調査で明らかにされたいくつかの点もある。例えば,あがりこ型樹形は,根元幹が巨木化している場合があるが,これは元株が古いということだけに止まらず,台伐り萌芽に伴う元株の異常成長が影響しているものと考えられる。事実,台伐り位置の下では,極端な肥大生長を見ることができる。これは,台伐り萌芽幹の樹体を物理的に支えるための肥大成長とも考えられる。巨大なあがりこ型樹形は,まさにこの異常生長の結果であろう。
 利用形態で,なぜ,台伐り萌芽なのか,いくつかの理由が挙げられるが,日本の場合,あがりこ型樹形の地理的分布や利用形態などから,家畜の採食回避ということは,あまり考えられないだろう。むしろ,積極的に樹種特性を利用した木材や枝条採取を背景にしているものと思われる。萌芽更新の,植栽や実生からの天然更新に対する有利性は,他の雑潅木(かんぼく)との種間競争が緩和されることにある。切り株の貯蔵養分を資源とした萌芽は一気に生長するため,刈り出しや下刈りの必要はない。台伐り位置は,作業目的や効率,樹種特性によって決まってくるものと思われる。

写真10写真9●今なお生きている「あがりこ型」施業

 先に,日本のあがりこ型樹形を生み出した利用形態を,現在ではすでに見ることはできないと述べたが,例外的に,その利用形態が今なお続けられているケースがある。京都,大阪,兵庫にまたがる丹波地域の薪炭材生産目的のクヌギ萌芽林である(写真9)。これは地上1〜2mで主幹を台伐りし,そこから発生する萌芽枝を育て,この枝で菊炭と称する茶の湯用の炭を生産するものである。菊炭の場合,そのサイズが7〜8cmで,7年程度で枝の剪定を繰り返すことになる。こうしたクヌギの台伐りは,もっぱら作業効率と雑潅木との競争回避,クヌギの萌芽特性によるものと考えられる。萌芽特性から言って,コナラなどでは地際での伐採でしか萌芽更新は難しいのだろう。
 一方,針葉樹においては,京都北山の台スギ施業が有名である(写真10)。これは,先ほど述べた「株スギ」の発展型で,「株スギ」がもっぱら冬季雪上伐採の結果,あがりこ状態になったのに対し,台スギは,スギの萌芽特性を積極的に利用し,小丸太生産をねらったものである。その有利性は,台伐り萌芽更新により,個体を維持しつつ,雑潅木との競争を緩和し,持続的かつ短期に小丸太生産を図ろうとするものである。その際注意すべきことは,個体を維持しつつ萌芽力を確保する萌芽幹の整理調整であり,これが北山スギ林業の真髄であろう。
 しかし,こうした台伐り萌芽による利用形態も,次第に衰退の一途をたどり,今や「文化遺産」になろうとしている。

上左:写真9 菊炭生産のための台伐り萌芽施業(兵庫県猪名川町)
上右:写真10 小丸太生産のための台スギ施業(京都市北山地区)

●都市部で増え続ける現代版ポラード

写真11 一方で,皮肉なことに現代版台伐り萌芽(日本版ポラード)は拡大の一途をたどり,日本の風景として定着しつつある(写真11)。すなわち,公園樹や街路樹,庭木の管理が大変だとして,その幹や枝の,強度の剪定が一般的に行われていることである。結果として樹高成長や枝の拡張は抑制され,盆栽型に管理される。幹は頭打ちとされ,太枝は剪定され,出てくる萌芽枝は毎年刈り取られることで,樹木種は本来の姿を失い,歪められ奇怪な形を呈するに至る。こうした樹形の出現は,伝統的な樹木の利用形態や産業や文化とは無縁の存在である。かつては,プラタナス,イタリアポプラに行われていたが,現在ではフウノキやユリノキ,ケヤキにアキニレなど,何でもありという状況である。その奇怪さは,樹木の成長とともに巨大化しているが,やがてヨーロッパ型のポラードが形成されていくのかもしれない。

写真11 台伐りされ毎年枝が剪定されて生み出される
現代版ユリノキのポラード(茨城県つくば市)

●歴史遺産,産業遺産としてのあがりこ型樹形の保護

 これらの現代版ポラードに対し,各地に存在する在来のあがりこ型樹形は,過去の森林の利用形態の名残(なごり)であり,地域の文化,産業の歴史的遺物である。その樹形のユニークさ,造形美のみならず,過去の林地の利用形態やその履歴を示す生き証人として,極めて貴重である。しかしながら,歴史的建造物などと異なり,その存在が顧みられることもなく放置され,また,場合によっては,無用な存在として伐採され消失してきた。各種の「あがりこ型」樹形群は,産業文化的背景を持つ歴史自然遺産として後世に伝え残すべき価値があるのではないだろか。今こそ,その保護・保全を図る必要がある。 〔完〕

引用文献:川尻秀樹(1998)板取村の神秘的なカブスギ群,「長良杉」(岐阜県林業センター編),p30-35/中静透・井崎順平・松井淳・長池卓男(2000)「あがりこ」ブナ林の成因について,日林誌82:171-178/Rackham O.(1998)Savanna in Europe. K.J. Kirby and C. Watkins eds". The ecological historyof European forests" p.1-24,CAB International. New York/鈴木和次郎・菊地賢・金指あや子(2008)あがりこ型樹形を持つサワラ林の構造と成立過程,第119回日林講集

 

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