
ヤ マ グ ル マ
鈴木和次郎 (独立行政法人 森林総合研究所 研究員・只見の自然に学ぶ会顧問)
1科1属1種の変わりもの
これまで、幾度となく只見を訪れて、その都度、真近に迫る雪食崩壊地の圧倒的な景観に驚かされた。それはまるでノルウエーやニュージーランド南島のフィヨルド地方の光景を想起させ、それがたかだか、数100mから1000m程度の山地帯に見られることが驚きなのである。まさに日本屈指の豪雪地帯のなせる業なのだろう。しかし、これまで、こうした景観を下から見上げるだけで、空中写真を除けば、高みに立って、眼下を望む機会が持てなかった。
今回、只見地域、会津朝日岳周辺における微地形解析に基づく植生図作成の自動化を本格化させるに当たって、稜線部の植生を直に見ておく必要に迫られ、朝日岳登山道沿いを踏査する機会を持った。山頂を極める目的ではなかったため、時間の関係で熊の平で引き返したが、稜線部の植生の概要をつかむことが出来た(写真1)。それは、文献資料では得られない情報を得ることにつながる。このこととは別に、今回の山行きで稜線部で見たヤマグルマに大変興味をそそられた。
ヤマグルマは、1科1属1種で、ヤマグルマ科ヤマグルマ属の常緑広葉樹である。日本をはじめ朝鮮半島、台湾に分布し、日本では山形県を北限とし、南は屋久島まで分布する。一般に広葉樹は通導組織として導管を、針葉樹は仮導管を持つが、ヤマグルマは日本に分布する広葉樹の中で、唯一仮導管を持ち、原始的な広葉樹と呼ばれている。ヤマグルマの名前の由来は、葉が枝先に車輪状に開出することからきていると言う(写真2)。ヤマグルマは、直径1m、最大樹高が20mにまで成長できる高木性樹木であるが、そうしたヤマグルマは温暖多雨の屋久島などでしか見られない。分布の北限地域では見られるヤマグルマは、通常は数mの低木でしかない。実際、只見町の沢筋で見かけるヤマグルマも、2〜3mで、なるほど只見にもヤマグルマが分布しているのか程度の認識しか持たなかった。ところが、驚いたことに、朝日岳の登山道、「人見ノ松」より先の稜線部の低木林の中には矮性化したヤマグルマが多数見られ、さらに「叶ノ高手」付近の北側斜面には、ヤマグルマの林分まで存在した(写真3)。そして、さらに驚かされたのは、これらヤマグルマが直立し、中にはかなり大きな個体まで見られたことである(写真4)。この個体のサイズは是非とも調べてみたいものである。岩石地で、風衝の立地に樹高は低いとはいえ、常緑広葉樹林が成立するというもの不思議なものである。では、なぜ、このようなことが起こってしまうのだろうか?ここからは憶測の域を出ない眉唾の話なのだが……。
左上より写真1・写真2・写真3・写真4
 
 
土壌も嫌う?ヤマグルマ
ヤマグルマは、種子発芽以降の成育過程で、明るい光環境を求めるが、一方、実生は土壌に住む菌類に対する抵抗性が低いため、生存率が極めて低い。唯一、生存が可能なのは、土壌がない場所、すなわち、岩石上か、倒木の上である。屋久島の場合は、自然に倒れた樹木の上か、屋久スギの切り株上である(写真5)。そこには、確かに土壌はないが、やがて朽ち果てる死んだ材は、成長に十分な養分を供給できるのかもしれない。結果、ヤマグルマは長らく、親木を枯らし成長する寄生樹木の代表格のように言われてきたが、そのようなことはないというのが今日の定説である。ヤマグルマのもう一つの成育場所は岩石地である。只見地域には雪食崩壊地が広範囲に広がり、ヤマグルマの成育立地は多く存在する。しかし、ここには競争者もない代わりに、地味豊かな土壌が存在しない。結果として、ヤマグルマは存在できても、大きく成長することはない。ではなぜ、只見のヤマグルマは比較的大きく成長できるのか?おそらくは、競争すべき他の植物樹木が存在せず、尾根部という開放的な光環境の下で、水耕栽培に近い環境が生まれているのではないだろうか?この光環境が谷壁斜面に張り付くヤマグルマとは違うのだろう。あるいは、尾根部の薄い土壌には、ヤマグルマの実生の更新を妨げる土壌菌が存在しないのかもしれない。それにしても、豪雪地帯に常緑広葉樹林というのは、奇怪である。他の樹木との競争を回避するため、こうした樹木の生育不適地をたくみに利用して生活の場にする例は他にも見られ、この地域では尾根部のキタゴヨウやネズコが代表的な樹木である。両種はまた、高層湿原にも侵入し、成育の場としている。この過湿と乾燥、泥炭地と岩石地という両極端を利用する生存のための戦略も面白いが、ヤマグルマは、さらに輪をかけて理解不能である。温暖から寒冷、多雨から多雪の環境に適応し、高木から低木へと姿を自在に変えることが出来るヤマグルマは、系統的に極めて古い種群であるがゆえに、原始的な生命力を持ち続けているのかもしれない。

写真5
鳥黐(トリモチ)とヤマグルマ
ところで、奥会津地方は、ヤマグルマが多く成育するが故、これが盛んに利用されてきた歴史を持つという。何に使ったのか?鳥黐(トリモチ)の生産である。今時の若い人たちは知らないだろうが、私の子供頃(昭和30年代)、田舎の子供たちは、トリモチを使い、盛んにメジロやウグイス、シジュウカラなどの野鳥を獲った。どのようにするのか?おとりを入れた鳥篭を山に持ち込み、木の枝にかけ、周囲にトリモチを巻いた止まり木を設置する。この枝として、通直で柔軟性に富む梅の当年枝が使われた。しばし、物陰に潜んでいるとおとりの鳥が鳴き、それに引き寄せられるかたちで、野鳥が周囲に寄ってきて、トリモチの着いた枝に止まり、捕まえるという寸法である。これは主に鳥の繁殖期に行うのだが、メジロは結構いい値段で取引された。もちろん、当時も密猟に違いはなかったのだが、私の田舎では大目に見られていた。野鳥の中で一番厄介なのはヤマガラで、こいつは他の野鳥に比べ図体が大きいばかりでなく、極めて攻撃的で、おとりにちょっかいを出しにくるばかりでなく、トリモチにかかっても簡単に降参しない!暴れまわった挙句、結局逃げ去るのだが、この際、トリモチをグジャグジャにしてしまう。その結果、トリモチを取り替えねばならず、そのトリモチを処理するのに、衣服につけることになり、それが簡単に取れない。その当時の男の子の服の袖には、取りきれないトリモチが引っ付いたままになっているのを良く見かけた。そんなトリモチであるが、主にモチノキやクロガネモチ、ソヨゴなどモチノキ属植物の樹皮から作られたが、ヤマグルマもその材料になっていた。どのように作られるのだろうか?ものの本によれば、春から初夏にかけて、これら樹木の樹皮をはぎ、目の粗い布にいれ、秋まで水にさらす。その後繊維質がなくなるまで臼で細かく砕き、不純物を取り除いてトリモチとなるという。トリモチの成分はワックスエステルつまり蝋だそうだ。ちなみにトリモチは水につけておくと粘着性がなくなる。トリモチは食用に鳥を捕獲するほか、観賞用の鳥の捕獲、そして虫取りなどに使われたが、現在はあまりその存在を聞かない。少なくもトリモチを作るためにヤマグルマの樹皮を採取することはなくなったようだ。それにしても、トリモチを製作するために、只見地域のヤマグルマがどれほど伐採されたのか?どれほど大きなヤマグルマが存在したのか?是非とも知りたいものである。
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