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vol.01 北限の自生地を行く―ユビソヤナギ後日談 
vol.02 ヤマグルマ 
vol.03 産業・文化遺産として見直そう,あがりこ 日本における台伐り萌芽の系譜
vol.04 讀賣新聞福島版「提言」/奥会津の水辺林保護
vol.05 希少樹種ハナノキの保全
vol.06 芝倉山前平におけるコナラのあがりこ

 

北限の自生地を行く−ユビソヤナギ後日談

鈴木和次郎 (独立行政法人 森林総合研究所 研究員・只見の自然に学ぶ会顧問)

 

次々と発見されたユビソヤナギの新産地

2004年、只見町の伊南川の河原で、学ぶ会の佐藤潤子さん、熊倉恵子さんらと偶然にもユビソヤナギに出くわした時、今後とも各地で新産地の発見が続くのではないかと強く予感した。その理由は、ユビソヤナギが一見すると形態的にも似たオノエヤナギに紛れ込み、見逃されている可能性が大だということであった。実際、私自身、その前年、晩秋とはいえ(珍しい雪景色だったが)、近くの黒谷川合流部で新国勇さんらとヤナギ林を観察していたのだが、ユビソヤナギの存在に全く気づかなかった。本当に紛らわしいのである。伊南川でのユビソヤナギの発見は、もう一つ重要な意味を持っていた。それは、伊南川が只見川の支流で、只見川はやがて阿賀野川に合流し、日本海に流れ込むという事実である。ユビソヤナギは、1972年の群馬県旧水上町、谷川岳直下を流れる湯檜曽川で初めて発見されて以来、ほぼ10年おきに、宮城県の鳴瀬川源流部、江合川上流、そして岩手県和賀川上流と北関東から東北にかけ脊梁山脈直下の太平洋側、大規模河川の上流部で新産地が見つかってきた。すなわち、只見川流域でのユビソヤナギの発見は、日本海側におけるユビソヤナギの分布の可能性を強く示唆したのである。実際、脊梁山脈の日本海側の分布も報告されていた。秋田県の生保内川である。この自生地については、発見者の岩手県和賀町の瀬川強さんの案内で、同僚の菊地賢(森林総研)ともども訪れた。しかし、かの自生地は盛岡と秋田をつなぐ主要国道沿いの小沢に分布し、個体数も10個体以下で、しかも全て雄株という状況であった(写真1)。生保内川をはじめ周辺の河川についても調査したが、他にユビソヤナギの痕跡はなかった。結論として、道路工事にともなう岩手からの移入の可能性大とした。やはり、日本海側にユビソヤナギは分布しないのか?ところが、同僚の菊地君が、ユビソヤナギとは別の仕事で、山形県東大鳥川で一大自生地を発見したとの報告が飛び込んできた。場所は、朝日連峰の北側(鶴岡側)で、渓流釣りや登山で人通りも多い大鳥川、そこに大集団がありながら見過ごされてきた事実に正直、ショックを受けた(写真2)。これもユビソヤナギの知名度の低さ、ヤナギ科植物の同定の難しさが関係しているものと思われた。その後、菊地君は周辺地域の河川の調査に乗り出し、朝日連峰の南側、荒川の上流部(写真3)。そして鳥海山麓で最上川の一支流、銅山川でも自生地を発見している。これで、太平洋側に限られるとしてきたユビソヤナギの分布は大きく塗り替えられた。

写真1:生保内川の自生地(上)
写真2:大鳥川のユビソヤナギ集団(右上)
写真3: 朝日連峰・荒川の上流部の自生地(右)


秋田県玉川源流部に入る

2007年、菊地君は、さらにユビソヤナギの自生地探索の範囲を北東北にまで広げた。しかし、一番期待した本州最北部、青森県の下北半島では分布が確認されなかった。そして、北東北のもう一箇所の有力な候補地、米代川水系でもユビソヤナギは発見されなかった。ところが可能性は低いと考えられていた雄物川水系、玉川で発見された。この辺は、菊地君の執念深さというか、好奇心のなせる業ということが出来るかもしれない。なぜ、玉川上流部を期待薄としたのか?それは、これまで、ユビソヤナギの自生地がことごとく花崗岩地帯にあったためである。玉川上流域は、十和田八幡平国立公園内にあり、いわば火山地帯のど真ん中を流れる河川である。これまでの常識からは大きく外れていたのである。ユビソヤナギの個体を初めて確認した場所は、超酸性の温泉で有名な玉川温泉の近くである。そこで、菊地君は歩道すら整備されていない玉川本流を3−4時間さかのぼって、ユビソヤナギを調査し、時間切れで引き返している。そこで、この夏、改めて玉川源流部のユビソヤナギの調査を行い、この流域のユビソヤナギ集団の全貌を明らかにしようと意気込んで出かけたのである。地形図などから見ても、菊地君が到達できなかった大深沢合流部の上に広い谷底氾濫原が広がり、ユビソヤナギの格好の生育立地と見られた。
玉川源流部は、十和田八幡平国立公園内にあるが、自然度の高い天然林が残されているということで、隣接する岩手川の葛根田川源流部とともに、森林生態系保護地域に指定されている。その立ち入り、利用は、原則的に厳しい制限が設けられている上、アクセスが困難と考えていた。ところが、詳しい地図を見ると、かなり奥まで、治山工事用の林道が入っていることが判った。そこで、森林管理暑に入林許可を取るついでに問い合わせてみると、途中まで林道が使え、車で入れることが判った。ユビソヤナギの一大自生地の発見を夢見て、あわよくば、近縁種で本州には上高地にしか分布しないエゾヤナギとの遭遇を期待し、菊地君と新幹線で盛岡に向かう。盛岡駅前は、夏祭り真っ只中で、「さんさ踊り」に迎えられた。この探索には盛岡にある森林総研東北支所の星野君が同行することになっており、車で迎えに来てくれた。私たち3人は、ひとまず前泊する玉川本流部分岐に近い八幡平の後生掛温泉に向かった。途中、八幡平のアスピーテラインから玉川源流部を望み見た(写真4)。圧倒的な樹海で、目指す大深沢の氾濫原が見える。果たして、明日は、あの場所にたどり着けるのか?後生掛温泉は夏休みだというのに、ひっそりしていた。度重なる地震災害や大雨で、観光客の出足は鈍いのだとか。夜、地図を広げて翌日の行動を詳しく検討した。とにかく、初めての地域だし、山が深く、はっきりとした道もない。

写真4:玉川源流部の樹海(右)


ユビソヤナギの北限の自生地はいかに?

早朝、車で後生掛温泉を出発。国道をくだり、玉川分岐から林道に入る。この林道を10キロほど行くと、地形図によれば八幡平から本流に下る登山道に出くわずはず。しかし、実際、この登山道が利用されているとの話は全く聞かない。かなり整備された林道を順調に進む。この流域は、かつて生保内営林署がブナ林の伐採を大々的に行っていた場所で、最初は成績の芳しくないスギの人工林が続き、次にカラマツに人工林が現れる。しかし、すぐに疎林化したブナ林になる。皆伐母樹保残による天然更新施業地である。その伐採率も段々低くなるが天然林と違って、明るくなった林床にはネマガリダケ(チマキザサ)が繁茂している。GPSにしたがって、歩道と林道の交差する地点にたどり着く。しかし、歩道の明瞭な痕跡はない。車を降りて調査道具を持ち、身支度を整えて、いざ本流に向けて出発。かすかに残る道を下り始めるが、なぜか谷に下る気配はない。そして、いつの間にか、道は消える。こんなことを繰り返して、この道らしきものが実は伐採時のトラクター道であることに気づき、次はササの薄い、伐採を免れた林分をたどって、本流に下りることとした。同行の二人は自信無げなので、私が先導することにする。30分ほど、ビニールテープでマーキングしながら斜面を下ると何となく、遠くに白ペンキでマーキングしたブナの立木が目に入った。小谷を超えて、そこに行ってみると、何と立派な歩道があるではないか! そして、そこの木杭には、ブナの遺伝子保護林とある。歩道に沿ってさらに下ると、急勾配の先に玉川本流が見えてきた。急斜面を下りきったところで、今度は何と林道が本流沿いにあるではないか。しかも、真新しいタイヤの跡が! 森林生態系保護地域の核心部に林道はないだろう!? 帰りの坂道を考えて、一気に疲れが出た。車で来れたのだ。こうした情報は一切、森林管理暑から知らされなかった。ともあれ、私たちは玉川本流、しかも菊地君が到達できなかった大深沢との出会い付近にまで来ている。河原に出ると、火山地帯を流れる河川特有の水の濁りとかすかな硫黄のにおいが立ち込める。しかし、河岸段丘は高い位置にあり、ブナ林が迫る(写真5)。ヤナギ類の生育する環境は限られている。事実、ユビソヤナギは下流部に小集団が分布するのみであった。とりあえず、本命の大深沢の広い氾濫原を目指すことにした。本流沿いに工事用車両の通れる道があり、また歩道がきちんと整備されている。大深沢にある取水用ダムの管理歩道と記され、途中に管理小屋まであった。大深沢の氾濫原は、ダムの上にあった。確かに幅100〜200mの氾濫原はヤナギ科植物にとって好適な生育立地ではあるが、ユビソヤナギは全く見つからなかった。あるのはドロノキとオオバヤナギ、そしてシロヤナギの大木、オノエヤナギを交えた小群落のみであった(写真6)。一大自生地は存在しなかったのである。
仕方なしに、出発点に戻り、下流に向かって、今回使えなかった林道を下り、前回、菊地君が最終的に到達した地点に戻り、そこにあったユビソヤナギを含むヤナギ林の林分調査に取り掛かった(写真7)。ヤナギ林の群集組成は、ほぼ只見地域のものと同じで、ユビソヤナギのほか、オノエヤナギ、シロヤナギ、ヤマハンノキを交える若い林である。菊地君によれば、この流域のユビソヤナギは個体サイズも小さく、個体数もさほど多くはなかったという。しかし、確かに、この火山地帯のど真ん中を流れる玉川の地にユビソヤナギは分布していた。

写真5:大深沢出会い付近の河原(左上)
写真6:大深沢の氾濫原(右上)
写真7:玉川本流のヤナギ集団(右)


解き明かされない謎

菊地君が行っているDNAを使った遺伝解析によるとユビソヤナギは、北海道からサハリン、シベリアに分布するエゾヤナギに系統的に極めて近いという。彼の推論によれば、幾たびかあった氷河期に北海道から本州に進出したエゾヤナギが、いずれかのヤナギと交雑し、形成された雑種を起源とする樹種ではないかとのことである。最終氷期には、北関東から東北にかけて平野部に広く分布していたものが、その後1万年前に始まる温暖化の中で、次第に生育地を失い、大規模河川上流に、断片化して残ったものと考えられる。しかし、それにしては、エゾヤナギが上高地にだけしか残らなかったのはなぜか?ユビソヤナギとエゾヤナギは明らかに分布域をことにしているのはなぜか?さらに、これほど人くさい伊南川流域にユビソヤナギが広い分布域を維持しているのはなぜか?たかだか1万年の地史的な変化の中で、何が起こったのかは明らかではない。只見の自然に学ぶ会の人たちの中からも、次々と発見されるユビソヤナギの自生地に、只見のユビソヤナギの価値が下がるのではないかと危惧する声も聞く。実際、只見のユビソヤナギの実態が明らかにされる中で、環境省のレッドデータリストはこの種をIbからIIへとランクを下げた。しかし、本来、これは種の保全という立場からすれば歓迎すべきことである。また、新たな自生地の発見は、ユビソヤナギの地理的分布やその起源に迫る遺伝的解析に重要な資料を提供する。
只見川流域の自生地は、その規模や個体数から言って、希少樹種ユビソヤナギの保全・保護を図る上で、最も中核的な存在である。また、黒谷川流域や伊南川の中州に存在するユビソヤナギ林は極めて自然度が高く、群落として守ってゆく価値がある。地域の貴重な財産であるユビソヤナギをぜひとも大事にしてもらいたいと願っています。

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